April 22, 2005

モジュール流行の収束と新しい軸

モジュール・インテグラルの波は 繰り返していて、
尚且つその振幅・振動数は一定ではないだろう.

特にここ最近はその振幅は小さくなり、振動数は高まって、
収束に向かいつつも、別の軸に沿った新しい価値観の上での振動が始まっているように思う.

何が、その「価値観軸」になるかは、振れ幅の小さな今、
まだはっきりしないわけだ.

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投稿者 Rie KAWANO : 12:31 AM | コメント (1) | トラックバック (0)
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April 21, 2005

第四次産業 -価値観作り

なんか、あまりにも一方向blog路線を突っ切りすぎてる気がするので、
軽くテーマを決めて 書き込んで、徐々に追記していく形にします...


てなことで、「第四次産業」ネタ.

このへん とか このへん とか.


私が考える 第四次産業の定義は、
give and takeではないお金の発生.直接的サービス提供ではないという意味で.

例えば、証券取引・環境問題に対するもの・知財関係、かなと.
ある意味、学術的なものとか、福祉的なもの、文化的なものも含まれる領域があるだろうけど.

投稿者 Rie KAWANO : 11:44 PM | コメント (1) | トラックバック (0)
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April 19, 2005

部下としての働き、上司としての働き

自分の意思決定がリスクを負わないような仕事をしたのは
初めてかもしれない.
自分が必死に考えても、いい加減に考えても、
負うリスクは変わらない.
その影響をもろに受けるのは、私じゃなくて他人だというそんな状況.


ここしばらく、自分が人の下で働く中で、
自分の勉強不足によって、なかなか言われた資料がまとまらない時がある.

もし、今までのように自分がトップならば、時間をかけず「勘」や、
自分の「意思」に頼って判断をしていただろう.
けれど今は違う.
自分がトップに居るのと違って、責任を負うのは自分よりも上に居る人なのだ、とひしひしと感じる.

人の下で働くということは、ある程度 上の人の意思を信じることだと思う.
自分よりもリスクを負っている分、
きっとその考えは自分のそれよりも甘さが無いはずだから.


その代わり、リスクを負って居ない分、その与えられた猶予を使って
「勘」だけではないものを提供しなくてはならないんだ
、と思う.

投稿者 Rie KAWANO : 12:31 AM | コメント (0) | トラックバック (0)
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April 17, 2005

経るべき仕事の過程

一つ年下の子達は今、就職活動のヤマ場だ.
キャリア、なんて言葉は使いたくないのだが 
自分が過ごしていく中で、得るべき知識や経験に応じた環境と言うものが存在すると感じる.

学んで得る・経験して得る ことは、何かが変化することだ.
自分の考え方でもいいし、目標でもいいんだろう.
でも そういう自分の力で上り詰めて変えていくことってのは、途中から急に難しくなる.

そういう時、手っ取り早いのは 環境を変えることで 得ることを変えること.
環境が変われば、新しく得なければならないことが生じる.


正直言って、自分の適性なんて なかなか判断しにくいもんだし、
特に時間があるうちは 失敗なんて有って無いようなもんだし、
安易に環境の変化を求めてもいいのかなって思う.
逆に環境って、変えようと思わない限りなかなか変えられないものだから、
変えられる時に変えておかないと、得られないこともたくさんあるだろう.


一人で仕事を切り盛りしていたから解かることも、
人の下で働いたから解かることも、
小さな組織に居たから解かることも、
違う業界に居たから解かることも、
公的な仕事をしていたからこそ解かることも、
全て違う.

上手く行っているから変えない、
上手く行かないから変わる、そういう価値観ではない変化も必要だと感じる.


一つ言えるのは、やっぱり競争の激しい場所は
それなりに篩いにかけられた人間が集まっている、ということ.
集まってるって言い方はよくないな、そうでない人間もたくさん混じるから、
「篩いにかけられた人間も存在する」ということだな.


と、遠まわしに言ってみたけれど、率直に言ってしまえば
作り上げた環境も捨ててみれば、リスクの分だけゲインもでかいよ、ってことと、
自分が今、上司に恵まれてるってこと.
良いところに来ると、やっぱりちゃんとした人が居る.得られることが大きい.

投稿者 Rie KAWANO : 12:10 AM | コメント (1) | トラックバック (0)
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April 16, 2005

所与とは偏りのあるもの

与えられた環境や、条件、 それはそもそも偏りのあるもので
「最近調子がいい」「ラッキーだ」と思うことや、
「運悪ぃ」「なんでうまくいかないんだろ」なんて思う時、
ただ自分のフォーカスを当てているところが 偏って良い/悪い状況にあるだけであるようだ.

すべてお先真っ暗ということも無い代わりに、
いいところと悪いところも満遍なく現れるわけではないらしい.
あまりに一方が目立ちすぎる現象もあれば、
どれもどれで全て目立たなくて気付かないこともある.
偏りもあり、ランダムにやってくるわけだ.


大事なことは、どこにフォーカスを置いておくかなようである.
それはただ 運が悪いと思っても「楽天的にいい部分も見つけよ」
なんて平和な意見なんじゃなく、
意外に 自分のプライオリティを置いているものが間違っていることがあることに
気付くことも大切だって事だ.
注意しておかないと、偏りのある事実に影響されて 冷静な判断はできなくなる.


周囲の環境が悪くても、キーマンに恵まれているなら、
その時、そしてその後には どちらが影響するのか
プライオリティを置く側を考えなければならない.

そもそも人間の考え方にも偏りがあるものである と捉えれば、
「一般論」の捉え方も注意する必要がある.


偏る環境に囲まれることは必然で、
偏りのある意思決定を取ることも必要だろう.

投稿者 Rie KAWANO : 12:23 AM | コメント (0) | トラックバック (0)
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